業種別AI導入

士業事務所の生成AI活用|書類作成・調査・顧客対応で何を任せ、何を残すか

最終更新:2026.08.22 / AI参謀 編集部
士業事務所の生成AI活用|書類作成・調査・顧客対応で何を任せ、何を残すか

繁忙期は所長も職員も深夜まで書類と格闘し、閑散期に採用を出しても応募が来ない——税理士・社労士・行政書士といった士業事務所は、「資格がある人にしかできない仕事」と「誰がやっても同じ準備作業」が混ざったまま回っていることが少なくありません。この記事では、士業事務所で生成AIが効く業務とそうでない業務を分けたうえで、守秘義務を守りながら、準備作業の時間をどう減らすかを一緒に整理していきます。

⏱ 忙しい人向け 3行まとめ

  • 生成AIが効くのは「読む・書く・調べる・まとめる」の準備作業。申請の確定・法的判断・顧客への最終回答は有資格者が握り続ける
  • 最初に決めるのは使い方より「AIに入力していい情報・いけない情報」。顧客名・マイナンバー・給与明細は原則入れない運用から始める
  • AIの出す条文番号・通達・金額は必ず原典で確認する前提で使う。「たたき台を作らせて、確認に時間を使う」が士業の基本形

士業事務所で生成AIが効く業務・効かない業務

士業の仕事を分解すると、「依頼内容を読み解く」「根拠を調べる」「書面を作る」「顧客に説明する」「申請・提出する」という流れになります。このうち生成AIが力を発揮するのは、前半の準備と、書面の下書きです。逆に、事実関係の確定や法的な判断、そして申請の最終確認は、AIがどれだけ進歩しても有資格者の責任として残ります。

AIに任せやすい

相談内容の論点整理/就業規則・契約書・申請書類の下書き/過去資料の要約/顧客向け説明文の平易化/条文・通達の「当たり」付け/議事録・面談メモの整理

有資格者が握り続ける

事実関係の確認と認定/法令の適用判断/申請書の最終確認と提出/顧客への正式な回答/報酬や受任の判断/条文・数値の原典確認

ここで大事なのは、「AIにできること」ではなく「AIに任せても、事務所として責任が取れること」で線を引く点です。下書きを作らせるのは任せられます。しかし下書きの中の条文番号が合っているかを確かめずに顧客に出すのは、任せたのではなく手放したことになります。

🧾 税理士事務所

資料依頼文の作成、仕訳の前処理、税制改正の要点整理、顧問先向け説明資料の下書き

📋 社労士事務所

就業規則の改定案のたたき台、手続き案内文、助成金要件の整理、労務相談の論点出し

📝 行政書士事務所

許認可申請の必要書類リスト整理、理由書・事業計画書の下書き、顧客ヒアリング項目の作成

🏢 共通の事務

面談メモの整理、メール返信の下書き、請求・督促文面、所内マニュアルの更新

書類作成:たたき台を作らせて、確認に時間を使う

士業の書類作成で時間を食っているのは、実は「考える」部分より「白紙から文章を起こす」部分です。就業規則の一条文、許認可申請の理由書、顧問先への改正案内——どれも構成はほぼ決まっているのに、毎回ゼロから書いている事務所は多いはずです。ここを「AIがたたき台を出し、人が赤を入れる」に変えるだけで、1本あたりの作業時間は目に見えて変わります。

  1. STEP1:事務所の「型」をAIに覚えさせる

    過去に作った書面から、固有名詞を消した見本を2〜3本用意します。「この構成・表現で」と渡すことで、事務所の文体に近い下書きが出るようになります。

  2. STEP2:条件を明示して下書きを出させる

    業種・従業員数・目的・入れたい項目など、書面に必要な条件を箇条書きで渡します。条件に無いことは「(要確認)」と書かせるのが肝心です。

  3. STEP3:有資格者が根拠を確認して仕上げる

    条文番号・通達・金額・期日は、AIの出力をそのまま信じず原典に当たります。ここに時間を使うために、STEP1・2で時間を浮かせていると考えてください。

就業規則の改定案のたたき台を出すプロンプト例(社労士向け)

あなたは社会保険労務士事務所の業務を支援するアシスタントです。以下の条件で、就業規則の改定案のたたき台を作成してください。

【条件】
・対象は従業員30名の製造業、改定の目的は「育児・介護に関する休暇制度の整備」
・既存の規程の文体(添付の見本)に合わせる
・根拠となる法令名を各条文の末尾に(参照:〇〇法第〇条)の形で付けるが、条番号が不確かな場合は「(条番号 要確認)」と書く
・入力していない事項は推測で補わず「(要確認)」と記載する
・最後に「有資格者が確認すべき論点」を3つ挙げる

コツ:「条番号が不確かな場合は(要確認)と書く」の一文が、士業では最も効きます。生成AIはもっともらしい条文番号や通達名を自信ありげに出すことがあるため、出力の中に「確認が必要な箇所」を自己申告させておくと、後の原典チェックが速くなります。

調査・リサーチ:「当たり」を付ける使い方と限界

改正税制の要点をつかむ、過去の通達の該当箇所を探す、類似の許認可事例の要件を整理する——こうした調査業務で、生成AIは「どこを読めばいいか」の当たりを付ける段階で役に立ちます。一方で、AIが要約した内容をそのまま根拠にするのは危険です。

⚠️

条文・通達・判例の「捏造」は起こる前提で

生成AIは、存在しない条文番号や通達、判例名を作り出すことがあります。これは特定のツールの欠陥というより、生成AIの仕組み上の性質です。AIが示した根拠は、必ず官報・e-Gov法令検索・所管庁のサイトなど原典で確認してください。原典の確認ができない根拠は、顧客への回答に使わないのが原則です。

実務で使いやすい形は、次の2つです。

自事務所の過去資料や所内マニュアルをAIに読ませて検索できるようにしたい場合は、社内AI・RAGツールの選び方で整理した「自社データを読ませる仕組み」が参考になります。士業の場合は、顧客情報を含む資料を読ませる前に、次のセクションの情報の扱いを先に決めておく必要があります。

顧客対応:説明を「わかりやすく」する部分に使う

顧客対応でAIが効くのは、回答の中身を考える部分ではなく、決まった内容を、相手に合わせてわかりやすく伝える部分です。専門用語だらけの説明を平易にする、面談前に相手の状況を整理する、よくある質問への回答文を整える——こうした作業は、有資格者の判断を変えずに時間を減らせます。

場面AIに任せる部分人が握る部分
問い合わせへの一次回答よくある質問の回答文の整備、返信の下書き個別事情への判断、正式回答の送信
面談の準備前回メモの要約、確認すべき事項のリスト化面談そのもの、方針の提案
改正・制度変更の案内顧問先向けの平易な説明文の下書き顧問先ごとの影響判断、内容の最終確認
面談後のフォロー面談メモの整理、宿題リストの作成顧客への送付前の確認

面談や打ち合わせの記録については、議事録をAIで自動作成する方法で紹介した仕組みがそのまま使えます。ただし、顧客との面談を録音・文字起こしする場合は、事前に顧客の了承を得ることと、録音データの保存先・保存期間を決めておくことが前提です。

守秘義務と情報の扱い:ここを先に決める

士業事務所のAI活用で、使い方よりも先に決めるべきなのが「何を入力してよいか」です。士業には法律上の守秘義務があり、顧客の情報は一般企業の営業情報とは扱いの重さが違います。一般向けの生成AIサービスに顧客情報をそのまま入力する運用は、避けてください。

📝

士業団体の指針を確認する

税理士会・社労士会などの団体では、会員向けに生成AIの活用に関するガイドブックや研修が提供され始めています(例:全国社会保険労務士会連合会が会員向けに公開している「社会保険労務士向け生成AI活用ガイドブック」)。内容は団体や時期によって更新されるため、所属団体の最新の指針を確認したうえで、事務所のルールに落とし込んでください。法令・倫理規程に関わる判断は、団体や専門家への確認をおすすめします。

事務所のルール作りは、生成AIの社内ルール・ガイドラインの作り方のテンプレートをベースに、「顧客情報の扱い」の項目を士業向けに厳しくする形が手早いでしょう。

小さな事務所で定着させる進め方

所長1人+職員数名という規模の事務所では、全員一斉の導入は現実的ではありません。次の順番で、1業務ずつ広げていくのが遠回りに見えて確実です。

  1. STEP1:情報の扱いルールを1枚決める

    上のチェックリストをもとに「入力してよい情報・いけない情報」を決めます。ここが決まるまで、顧客情報を含む業務には使わないのが原則です。

  2. STEP2:顧客情報を含まない業務から始める

    所内マニュアルの整理、一般向けの案内文、改正情報の要点整理など、顧客情報が不要な業務で1ヶ月試します。慣れと効果の実感を先に作ります。

  3. STEP3:書類の「たたき台」に広げる

    固有名詞を外した条件で下書きを出させ、有資格者が確認して仕上げる流れを、書面の種類ごとに1つずつ作っていきます。

  4. STEP4:効果を「時間」で測って次を決める

    1本あたりの作成時間がどれだけ減ったかを記録します。数字が見えれば、次にどの業務に広げるかの判断がぶれません。

1業務
最初に試す範囲。顧客情報を含まないものから
1ヶ月
効果を時間で測って、広げるか判断する期間

つまずきポイント

「AIの出力を顧客にそのまま渡してしまう」

繁忙期ほど起こりやすい失敗です。下書きの確認を省くと、条文の誤りや事実と違う記載がそのまま顧客に届き、信用に直結します。対策は根性ではなく仕組みです。「AIが作った書面は、確認欄にチェックが入るまで送付できない」という手順を事務所のルールにしておくと、個人の注意力に頼らずに済みます。

「職員が隠れて個人のAIアカウントを使っている」

事務所として導入を見送っている間に、職員が個人契約のAIに顧客情報を入力してしまうケースがあります。禁止だけでは止まりません。事務所として安全なサービスと使い方を用意し、「これなら使っていい」を示すほうが、結果として情報漏えいのリスクは下がります。

補助金で安くするヒント

士業事務所も中小企業・小規模事業者として、AIツールの導入に補助金を使える場合があります。代表的なのは、業務ソフトやAIを含むITツールの導入を支援する「デジタル化・AI導入補助金」です。対象となるツールは事務局に登録されたものに限られる、申請には導入支援事業者との連携が必要、といった条件があります。

ただし、補助金の金額・要件・締切は公募回や年度で変わります。「今年は対象になった」が来年も同じとは限りません。最新の公募要領を必ず公式サイトで確認し、自事務所が対象になるかは申請前に事務局や専門家に確認してください。制度の全体像はAI導入に使える補助金・助成金 完全ガイドで整理しています。

なお、士業事務所は顧問先から補助金の相談を受ける側でもあります。自事務所で申請を経験しておくと、顧問先への助言の解像度が上がるという副次的な効果も期待できます。

よくある質問

Q. 顧客の情報を一切入力しないなら、AIはほとんど役に立たないのでは?

A. そんなことはありません。書面の型づくり、改正情報の要点整理、所内マニュアル、一般向け案内文など、顧客情報が不要な業務は意外に多くあります。また、顧客名を「A社」、金額を「○○円」に置き換えた条件で下書きを出させれば、多くの書面は十分に作れます。匿名化を前提にした使い方から始め、安全なサービスと運用ルールが整った段階で範囲を広げるのが現実的です。

Q. AIが出した条文や通達が間違っていないか、どう確認すればいいですか?

A. 原典に当たる以外の方法はありません。e-Gov法令検索や所管庁のサイト、官報などで条文番号と内容を確認してください。作業を軽くするには、プロンプトで「条番号が不確かな場合は(要確認)と書く」と指示し、確認が必要な箇所をAIに自己申告させる方法が有効です。また、法令の原文をAIに読ませて要約させる使い方は、AIの記憶に頼らないため誤りが減ります。

Q. 職員が数名しかいない事務所でも、導入する意味はありますか?

A. むしろ少人数の事務所ほど、1人が抱える準備作業の割合が大きく、効果を実感しやすい傾向があります。高額なシステムを入れる必要はなく、月数千円程度の生成AIサービスと、情報の扱いルール1枚から始められます。最初の1業務は、顧客情報を含まず、毎月繰り返している作業から選ぶと、1ヶ月で時間の変化が見えます。

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